玄天黄地

学生時代、箸にも棒にも掛からなかったアホの子が、やっと普通のアホになれるか?

彩 -aja-

あらすじ

 小川に足を浸し、無心に絵を描いている少女。
 穏やかな色使いの、しかし主張のハッキリした絵が描き上がる。彼女は裸足、野原を気持ちよさそうに歩き回り、とある木の根元に絵を置く。


 恋人の画商から電話を受けている絵描きの男。少し気力減退気味の所を厳しく突っ込まれ宥められて、キャンバスに向かう。しかし、線を一本引いたきり、男の手は動かない。
 男は諦めてアトリエ兼住居になっているコテージを出て、あてもなく歩き出す。


 ふと、男は木の根元にある絵に気づく。少し離れた物陰でどきどきしながら見守る少女。絵には「1000円」と札が添えてある。男が去った後、絵を置いた場所を確かめると1万円が置いてあった。少女は頬を膨らませ、男がコテージに戻るのを見届けるとどこかへ消えた。


 次の日、男が外に出ようとすると、窓の外に 9000円が置いてあった。男は再びあの木のあたりへ行ってみる。今度は3枚絵が置いてあった。全部、1000円。男は再び絵を手に取り、1万円札を置く。


 その夜。少女は再びお金を返しにコテージへやってきた。ふと窓越しに室内を見ると、気合いの入った絵が何枚か壁際に立てかけてある。思わず室内に入り込み、絵を眺めていると、男がコーヒーカップを2つ持って入ってきた。


 「あの絵、素晴らしいじゃない。君もここで書けば。」
 男の言葉はどこか空疎で上滑りだった。


 男は自分でもそのことに気づいているのだが、空疎な言葉が止められない。
 それに気づいた少女。無言で男を遮ると、突然男によじ登り(!)男の頬に掌を当てた。まるで気を吹き込むように。
 そして、やおら絵の具を取り出すと、男の顔に、胸に、絵の具を塗り始めた。男はされるがままになっている。翌朝。極彩色の顔をした男が目を覚ますと、少女はサッシの窓に絵を描いていた。

−−−

 主のいないコテージ、一人で無心に絵を描き続ける少女。しかし、そこへ男の恋人である画商が入ってくる。画商は、最初、少女を子供扱いしかけたが、絵を見て、逃げようとする少女を鋭く呼び止める。
 「あなた知ってるわよ、失踪した天才少女よね。」
 そこへ男が戻ってきた。飛び出す少女。後を追おうとした男の口を強引に自分の唇で塞ぐ画商の女。

 夜の森を泣きながらさまよう少女。

 後朝、女は男に釘を刺して帰っていった。

−−−

 服を着た男がアトリエに出てみると、少女がサッシの絵を消そうとしていた。慌てて止めに出る男。
 「私、自分が嫌いなの。好きな人が憎くなったら、好きな人の好きな人が憎くなったら・・・」
 「なんだ、話せるんじゃない」
 「口を開くと、絵が描けないの。言葉を発すると、手が動かなくなるの!」
 少女をやさしく抱きしめる男。
 「絵を描けばいい。」


 おそるおそる絵の具を手に取る少女。絵の具を男の掌にあけ、男の掌をサッシに押しつけて動かす。反対の手も。頬も。いつか、男は少女の絵筆となり、サッシに絵を描いていた。絵を描くという形の愛の交歓・・・・

−−−

 男はまた絵が描けるような気がしてきた。


 少女はあの木の前にいる。
 手を木にかざしてみる。掌に気が満ちてくるのが分かる。言葉を取り戻せた私、これからも絵を描いていくことができるのね。


感想

 絵(映像)がとても綺麗でした。監督みずから、色合いを抑えたと話していましたが、淡彩画のような映像。唯一、少女が男の身体に塗った絵の具だけが原色(あ、いや、後朝に画商の女が着ける下着もか)。


 この映画のタイトルは「彩」(少女の名前)なので、もちろん主人公は彩なわけです。絵が書けなくなっていた絵描きの男を立ち直らせることで、言葉を発せなくなっていた自分も立ち直ることができた、という話です。

 彩は(もし実際にいれば)不思議系少女ですが、映画の中では少しも不思議ではありません。むしろ、画家の男(蒼)と画商の女(るい子)の方が希薄です。
 蒼は、少し前まで高い値の付く絵を描いていたはずなのに、自分の絵が描けなくなってますし、るい子はビジネスライクに蒼を励ますだけです。彩を追い出したあとも、るい子はいかにもなやり方で蒼を引き留めます。るい子は、蒼の世俗の部分を全て引き受けている訳です。だから、彩のことが気になっているはずなのに、ちゃんと蒼はその夜るい子と床を共にしています。

 彩は、主人公ですが、蒼の幻影の部分(芸術の或いは虚構の部分)を引き受けているかのようです。彩と蒼は絵を通して一瞬でつながります。るい子が東京に帰った後、彩が蒼を絵筆に絵を描く姿は、情を通じている姿に他ならないと思えます。それが、二人のどこか欠けていたところを互いに補い合うことになり、二人ともまた絵が描けるようになるのです。


 彩は本当に人間なのでしょうか?


 画商には分からないところで、画家にミューズが降りてきただけなのかもしれません。ミューズは、画家が一人でいるところにしか来てくれないのです。

 そして、悪役扱いだった画商、実は善人なのかもしれません。彼女は画家を世俗的に支え(画家の絵を高値で売り、ベッドを共にし)、ミューズが降りてこないと絵が描けない男のためにこう言うのです:

 「野良猫にえさをあげても良いけど、この部屋(寝室)には入れないで」


上映終了後

 後日書きます・・・・