玄天黄地

学生時代、箸にも棒にも掛からなかったアホの子が、やっと普通のアホになれるか?

地理座標系と投影座標系

 Sugiura Makoto さんから、Quantum GIS のマニュアルについてご質問を頂いたので、回答してみる。


 Quantum GIS では、CRSとして地理座標系と投影座標系を指定することができる。少なくとも、地理座標系は何か指定しなければならない。
 短く言えば、地理座標系は「経緯度の決め方」であり、投影座標系は「経緯度で示される回転楕円体面を平面に直す際の変換方法」である。


 実は、この2つの座標系が同じ画面で一度に設定できてしまうことが誤解を招く構造的原因だと私は考えている。


地理座標系

 地理座標系は、経緯度の基準を決めている座標系のことである。
 一般に「地球は丸い」と言うが、実際には山あり谷あり海溝ありで、でこぼこしている。この起伏は地球半径の10E-4程度のオーダーであるので、もしもこの起伏が経緯度のずれにそのまま反映してしまった場合は、簡単に 1km 程度の誤差を生じることになる。
 一方、経緯度を考える場合は(それ以外の場合でもだが)地球を幾何学的にシンプルな形状と見なす方が取り扱いが容易である。そこで、実際の地球を近似するような、最もシンプルな幾何学的図形が回転楕円体なのである。


 実は、回転楕円体の正確な形状を決定することも容易ではない。地球の裏側まで測らないと正確な形状は決められない。その意味では、人工衛星が利用可能になったことで、一挙に楽になったと言える(軌道計算から逆算して求める)。

回転楕円体の形状は、長半径と扁平率で決定できる。近年の精密な観測の結果、地球の総質量(大気の質量を含む)も込みで、回転楕円体の形状はかなり厳密に定まってきている(と聞いている)。現在は、GRS80という楕円体が一般的に採用されている。人工衛星が利用できる以前は、さまざまな楕円体が定義されていた。日本でベッセルを使用していたのは有名な話であろう。


 回転楕円体は、形状のみを決めれば良いというものではない。幾何学的な中心の(三次元的)位置、回転軸の方向、準拠子午線(経度0度の線)の方向を決めなければならない。実際には地球は剛体ではないので、回転軸の方向はふらふらと変化している。測量法などで規定している回転軸の方向は、ある程度の期間における観測値の平均値として得られる値を採用したものである。
 測量法では、回転楕円体の幾何学的な中心は地球の重心と一致するように、また、回転楕円体の回転軸は地球の自転軸と一致するように、位置を固定することと決められている。


 現在、物理学的に最も信頼されている値は、GRS80の名前で規定される回転楕円体である。回転軸の方向、準拠子午線の方向は、事実上の最確値が一通りに絞られておらず、IERS系とWGS系の2つが使われている(両者の差は年々小さくなってきているが)。GPS衛星は、米国の航法衛星の流れを汲んでWGSを採用しているが、我が国が公式に採用しているのはIERS系である。但し、一般的にミリレベルの測量を行わない限り、両者の差違は気にしなくても良い。すなわち、WGS84でもJGD2000でもいずれを使用しても構わないということになる。言い換えると、これら以外は(外国のデータを取り扱う場合でない限り)利用するべきではない。


投影座標系

 続いて、投影座標系の話である。
 地理座標系は、回転楕円体の上の目盛りの話であった。しかし、紙地図もGISのディスプレイも平面である。従って、回転楕円体面上にある地物を平面上の位置に変換しなければならない。この変換を一般に投影という。本来の(古来の、狭義の)投影は、地球を透明だと見なして、宇宙空間の適当な一点に点光源を置き、それが適当な平面に落とす地物の影を地図だと見なすことを謂うものであった。


 より正確には(数学的に定式化した場合は*1)、同相写像(連続性を保つ写像)で回転楕円体面(の一部)を平面に写す行為である*2。回転楕円体面それ自体は平面とは同相ではないので、一度に投影できる範囲は地表の一部に限られる。(さもなければ、地球を切り開いて投影することになる)


 実際の地図投影は、平面に投影するとは限らない。平面に展開可能な図形、具体的には円筒や円錐でも投影面とすることができる。円筒面や円錐面に投影した場合は、母線に沿って鋏を入れ、これを平面に展開して地図とするのである。

 このように、地図投影においては、

  1. どのような投影面を選ぶのか
  2. その投影面は、回転楕円体とどういう位置関係にあるのか
  3. 点光源を何処に置くか
  4. さらに連続関数で(同相写像で)変形するかどうか

 を指定することで、具体的な投影方法が定まる。言い換えれば、投影方法は無数に存在しうることになる。
 たとえば、回転楕円体の中心に点光源を置いて平面に投影する場合でも、

  1. 東経136度、北緯36度の地点で回転楕円体面に接するように平面を置いた場合
  2. 東経139度50分、北緯36度の地点で回転楕円体面に接するように平面を置いた場合

 では、投影結果が異なるのは明らかである。測量法では上記2例を含め投影中心が19個定められており、これらは合わせて「平面直角座標系」(I系〜XIX系)と呼ばれる。投影中心から離れた場所では投影による形のゆがみが目立つため、測量法では地域ごとにⅠ系からXIX系までのどの系を使うべきかについて定めることで、形のゆがみを最小限に抑えている。


 平面投影では、高校の数学と同じく、座標は(x、y)で表現できる。ただし、昔からのしきたりで、座標軸の方向は高校の数学で習う座標軸の方向とは異なる。具体的には、X軸は投影中心を通る子午線とし、北を正の方向とするものとして、また、Y軸は投影中心を通りX軸と直交する方向であって、東を正の方向とするものとして、それぞれ定められている。この結果、測量におけるXY軸は、高校の数学で習う座標軸とXY軸が逆になっている。これは間違えやすいから注意が必要である。(しかも、Quantum GIS は日本製ではないので、この座標軸反転ルールが実装されていない)


 このように、一見複雑に見える平面投影であるが、経緯度のままで表現した場合に比べて、距離や方向の計算が容易になるという利点があるため、広く使用されている。特に、工事や建築などでは地球の丸みを考える必要が殆どないため、平面直角座標以外は利用されないと言っても過言ではない。反面、東京と大阪では同一の平面に投影されないため、平面直角座標は広い範囲の表示には向いていない。Quantum GIS では、気にせず日本全土でもより広い範囲でも表示できるが、精度を要求する場面では意味がないことに注意する必要がある。


 地図投影でよく利用される投影法には、平面直角座標系のほかにUTMというものがある。これは、適当に子午線を決めておいて、その子午線が接線となるように円筒を置き、その円筒面に投影する投影法である*3。筒の中にミカンが入っている、と思えば分かりやすい。


 平面直角座標系は1点でのみ回転楕円体面と接していたため、東西南北いずれの方向に離れても形のゆがみが気になった。UTMは子午線で回転楕円体面と接しているため、南北方向には歪みが生じないという利点がある。この場合も、東西に離れると形の歪みが気になる。一般に、平面直角座標系よりももう少し広い範囲を扱う場合に利用される投影法であり、日本の場合では 1/25,000 地形図に採用されている。


 どのような投影法があるかについては、社会科の地図帳を見れば分かりやすい。世界地図ではさまざまな投影法が(敢えて)使用されている。大縮尺に適した投影法、小縮尺に適した投影法、全球表示に適した投影法など、さまざまなものがある。しかし、Quantum GIS においては、平面直角座標で表現できないような投影法(たとえばモルワイデ図法など)は採用できないようになっている。どのような投影法を採用した場合であっても、投影中心(円筒図法の場合は投影中心線)から大きく離れた地域の表示は、地形が大きくひずんでいることを忘れてはならない。画面の右下に表示される座標値も、投影中心(円筒図法の場合は投影中心線)から大きく離れた地域における値は意味のないものであることが多い。

*1:このあたりは数学科卒の私のこだわり的文章なので、面倒に感じる人はこの段落を読み飛ばして良い

*2:ちなみに、英語で map という場合は、名詞としては地図そのものを指すが、地図に投影すること(動詞)も map である。ここから、写像(及び写像を施すこと)も map という。

*3:縮尺係数はここではあえて省略している。