3次元空間(ベクトルバンドル、続き)
(この記事も、閉鎖 SNS に書いたもののコピーです)
いわゆる標高0mの面であるジオイド面は、よく知られているように、幾何学的にはすっきりした形をしていません。ジオイド面は、厳密には、重力の等ポテンシャル面ですが、地球を構成している物質が組成も比重も不均一なので、幾何学的にすっきりした形を取り得ないわけです。
このジオイドには、その面上の任意の点で面と垂直に交わる線を考えることができます。これが鉛直線です。
ジオイド面は幾何学的にすっきりした形をしていないとは言いましたが、数学的には二次元の Cω級多様体です。ですから、任意の点で接平面が定義可能で(これがその点における水平面ですね)、鉛直線は当然水平面に直交する直線になります。
水平面を接空間(の2次元ベクトルバンドル)だと考えると、鉛直線は1次元の法バンドルになるわけです。
さて、ジオイド面が幾何学的にすっきりした形をしていないということを、もう少しだけ厳密に言い直してみましょう。多様体の言葉を借りると、注目している点の十分小さな近傍においては、接空間+法バンドルで構成される直交3次元空間(ユークリッド空間)と微分同相だと考えることができます。工事の際に、現場を三次元直交座標で考えて不具合が起きないのは、地表面やジオイド面を多様体だと考えた場合に、工事現場がBM(工事基準点)の十分小さな近傍に収まっているから、な訳です。昔からの測量の言葉で言い直せば、地球の曲率を気にする必要がないような局所的な測量で済む範囲、ということですね。建物の底地になる程度の土地は、このような条件に合致しますので、平面図形のつもりで測量し、登記しても、誤差は顕在化しないわけです。
測量で使用する準拠楕円体は、ジオイド面と最もよく整合するような回転楕円体として与えられるものです。人工衛星を使用したグローバルな測量が実用化するまでは、回転楕円体は測量の原点(それぞれの国で個別に設ける点)で法線方向や曲率半径が合致するように定めたものでしたが、現在では全世界で共通のものにするために、地球重心と地球の回転軸(の、時間平均)に合うように定めています。従って、回転楕円体上の任意の点Pにおいて、その点を通る法線mがジオイド面と交わる点Qを求めて、点Qにおける鉛直線(ジオイド面の法線)nを求めると、直線mと直線nとは一般には一致しません。しかも、ジオイド面が幾何学的にすっきりした面ではないため、回転楕円体の法線mの方向ベクトル(外向きの単位長さのベクトル)と鉛直線nの方向ベクトルとのなす角は、最初の点Pを回転楕円体上のどこに取るかで変わります。この角のことを鉛直線偏差と言います。
回転楕円体面とジオイド面との距離(回転楕円体上の任意の点Pを通る法線がジオイド面と交差するまでの距離)はたかだか数十mですが、その値(ジオイド高と言います)は、例えば、東京と長野ではかなり異なります。数学的な3次元座標系(回転楕円体+法バンドル)と、身体的な3次元座標系(ジオイド面+鉛直線バンドル)とは、単に原点の位置が異なるだけでなく、座標軸の向きも鉛直線偏差に応じて(結局は、地球の不均一性に応じて)ずれています。地理空間情報を3次元情報として扱う場合、要求精度が高くなれば、このようなずれが無視できなくなります。地理空間情報を3次元空間として扱う場合は、このように、昔ながらの2次元空間で扱っていた場合と比べても、明確に複雑さが増しているのです。単に次元数が1つ増えた、では済まない部分にまで、現代の我々は要求精度を上げてきている、とも言えるのかもしれません。